【食の力】みそ汁を味わう<5>「おいしい」記憶が絆

幼い頃の食が、未来の生き方に対して如何に大きな影響を及ぼすか。

西日本新聞に連載中の「食の力〜みそ汁を味わう」の最終回は、今の決断科学大学院プログラムに転職して出会った大学院生 竹内 太郎 くんを主人公として、そういう大切なことがよく伝わってくる内容でした。

【食の力】みそ汁を味わう<5完>「おいしい」記憶が絆
2015年12月05日13時50分 (更新 12月05日 13時51分)

 「材料にパプリカを使うと、もてるよ。経験はないけど」。笑いを誘いつつ進める授業は、題して「タローくんの調理実演」。九州大(福岡市)の少人数セミナー「自炊塾」の受講生がシメジとパプリカの和風あえ、きんぴらごぼう、昆布といりこのつくだ煮などの作り方に耳を傾ける。

 自在に包丁や鍋を操るのは、自炊塾を補佐する竹内太郎さん(27)。日本近代思想史を研究する大学院生だ。塾の指導教官、比良松道一准教授が、自炊歴8年の竹内さんをこの日の講師に指名した。

 「煮物は冷めながら味が染みていくから少し薄めに」「量が少ないときは落としぶた。アルミ箔(はく)で十分です」。ポイント説明も小気味よい。野菜作りの話題に移り「ホウレンソウはベランダで作れます」と言うと「えーっ」と驚きの声が上がった。

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 竹内さんには、つらいことがあると自然に足が向く場所がある。福岡県嘉麻市の実家近くに住む「おばちゃん」の家庭菜園。ダイコン、ホウレンソウ、ミズナ、カボスなど季節の野菜や果物があふれる。「あら、帰って来とったと」と笑顔で迎えてくれる大塚暁子さん(68)の言葉に触れる。「間引きはきちんと。間引いた野菜は軟らかくておいしいからみそ汁に入れなさい」。何でも無駄なく、自然と共に暮らす生き方がいつも格好良い。

 実家の家事をおばちゃんが手伝うようになったのは竹内さんが1歳のころ。手を引いて、近所の公園に遊びに連れて行ってもらったりした。お節用の煮しめは、昆布巻きやねじりこんにゃくを一緒に仕込む。つまみ食いがおいしかった。食は細かったけれど、おばちゃんのかしわご飯はおかわりした。

 父親の顔を知らず、祖母は病気で入退院を繰り返す。家族を失うのが怖かった。そんな少年の心を、おばちゃんの温かな料理が癒やしてくれた。

 大学入学後、プリンやだんごなど甘い物が食事代わりになった。体調を崩し、低血糖症の診断を受ける。「こんなことになって申し訳ない。きちんと育ててもらったのに」。家計を支える母や父親代わりの祖父、そしておばちゃんの顔が浮かんだ。

 自炊を始め、実家に戻ってはおばちゃんを訪ねた。選ぶ野菜は地元産、調味料は無添加を、だしは昆布とあごとかつお節で…。全て教わった。

 ある日、おばちゃん宅でみそ汁をいただいた。信州の熟成みそは、だしとの絡みが全く違う。自分の中に「革命」が起きた。

 こうじの「奥深い世界」にはまり、ぬか漬けや甘酒、みそ造りも始めた。現在、食べているのは6月に仕込んだ分。まだ塩辛い。そのうちこうじが醸す甘さと深みも出てくる。「みそ汁は、先人の知恵が培ってきた和食の全てが詰まった料理。今は好みの味を探っている段階です」

 今夏、食の研究に行った山形県で老舗こうじ蔵のみそ店を訪れた。みそを仕込み、おばちゃん宅に送った。間もなく半年、一緒に食べるのが待ち遠しい。

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 生まれ育った炭鉱の町は「食の都」でもある。死と隣り合わせの炭鉱労働者は命を慰めるために食にお金をつぎ込んだ。「おいしい」が「幸せ」だった。

 自分の「おいしい」も古里に帰る。おばちゃんの料理が恋しい。そのおかげで、温かい心と古里との絆を持てた。「味は知識よりも深いところに残っている。食の記憶は裏切らない」

 ベランダ栽培はこれからミズナの季節。若くて軟らかな葉を摘み取って鍋に入れる。やっぱりおばちゃんのやり方で、みそ汁を味わう。

 =おわり

 ▼みそ汁と新聞カフェ 「朝の習慣」再構築キャンペーンの一環。7〜25日の平日(14日を除く)午前7〜8時半、福岡市・天神のエルガーラビル1階に開設します。日替わりみそ汁とおにぎり、朝刊1部のセットを500円(税込み)で販売。持ち帰りも可。


=2015/12/05付 西日本新聞朝刊=

http://www.nishinippon.co.jp/feature/life_topics/article/211224

この回の授業は、「自炊塾」の1コマ全てを学生にまかせてみるという、挑戦的な試みでもありました。どんな聴衆でも伝わる話術を、実践を通じて身に付けてもらい、次世代へバトンを渡すことができる人になって欲しいという想いからです。

5回にわたる連載を通じて、九大「自炊塾」受講生の奮闘ぶりが紹介されていますが、実は、授業の実際の様子が公開されるのは、この度の記事が初めてです。(門外不出というわけではなく、これまでに説明させていただく機会がほとんどなかっただけです。)

毎週の授業に足を運び、学生たちに張り付いてステキな成長物語を描いてくださった、西日本新聞の 藤崎 眞二 記者に改めて感謝申し上げます。