泣いたり笑ったり


嬉しいこと、辛いこと、驚くこと……。
そんな毎日の一週間だった。


先週日曜。
福岡市内で、新日本婦人の会と農民組合福岡連合会の共催による食のお祭りで講演。


現代の若者や子供たちの食の現実に焦点を当て、
環境問題や食料問題の根深さは、
将来の社会を担う若者や子どもたちの食に関する思考や行動の矛盾にあり、と説いた。


聴衆のノリがとても良く、テンポよく話ができたと思う。
講演後、たくさんの方々から昼食やお土産をいただいた。


そして、なぜか……。
なぜか、会場でお買い上げ頂いた「いのちをいただく」や「食卓の向こう側」に私のサインを求める方数名。


「これ私が書いた本じゃないんですが……。」
「いいんです。先生のが欲しいんです!」
「そうですかぁ……」


マダム美智子しぇんしぇい。
うおとしぇんしぇい。
ひろしさん。
ゴーシくん。
ゴメンなさい。
サインしてしまいました。


人生初サイン。
サインって緊張します〜。
手が震えます〜。


月曜。
今学期の最後の小ゼミ。


10回の講義に4回のフィールドワーク。
レポート提出2回。
弁当づくりにみそ汁づくり。
受講生たちはハードな内容によくついてきてくれた。
受講生たちは良く懐いてくれた。
彼らの成長を感じた。
私も成長した。


最後はみんなで記念撮影。



火曜日。
久しぶりの県外講演。
津久見市の中学生に食のお話。


北九州市での中学生向けの内容(7/10)をマイナーチェンジして使用。
しかし前回ほどの目に見えるリアクションがない。
児童からの突っ込みも笑いもほとんどなく、淡々と進んでいった。
焦りはしなかったが、内容をどんなふうに受けとめてくれたかがとても気になった。
それを察してか、一緒に話を聞いてくださった先生が講演後、自分のクラスの児童の感想文を直ちに私に届けてくださった。

  • 今日、話を聞いて思ったことは、食べるということは生きるということがわかりました。ちゃんと食べないと身体のバランスだけじゃなく、心のバランスがくずれていくことがわかったし、自分の命は自分だけのものじゃないとうことがあらためてわかってよかったです。
  • 私はいちも朝食を食べないし、よく給食を残すけど、性、生、食はつながっていて大切だとわかったので、今日から完食はムリでもなるべく食べるようにしようと思いました。それに「いただきます」もちゃんと言わなかったけど、今日、感謝の意味があると聞いて、これからは「ごちそうさま」も毎日言っていきたいと思いました。
  • 食べるということは、いろいろなことにつながっているということが分かった。今日の講演会で食の大事さが分かったので、なるべく食べものを残さないようにこれから頑張っていこうと思いました。自分で弁当を作ることは難しいかもしれないこえど、バランスなどを考えて作れればいいかなぁと思いました。
  • 私は、よく食べものを残します。でも、今日の話の中で「食を大事にしてないということは命も性も大事にしていない」というのを聞いて、「私は命を大事に思っていないんだぁ……」と思いました。なので、これからは嫌いな野菜も魚もしっかり食べようと思いました。だから努力したいと思います!!
  • 牛の話はすごく感動しました。食べものの話を聞いて2000(万)トンも食べものが無駄になるということはすごくもったいないことだと思いました。2000(万)トンを少しでも減らせたらいいです。今度から気持ちのこもった「いただきます」を言いたいと思います。
  • 最初の赤ちゃんのところで泣きそうになりました。私は、お母さんがいないので、お母さんの存在が大きいなあと感じました。「食」については食生活のバランスがくずれると体調も心もバラバラになってしまうんだ、と思いました。私が、大人になって食事も作れなかったら自分が困るし、今、ご飯を作ってくれているおばあちゃんにもめいわくをもっとかけてしまうことになるので、自分にできることはしっかりしていかなきゃと思いました。
  • 命は自分だけのものじゃないんだと思ったし、お母さんって大変なんだとわかりました。食はいろんなことにつながっているとわかって、食べものを大切にしようと思いました。あと、5年生、6年生であんなにすごい弁当を作っていて私も自分で作ろうという気持ちになりました。いろんな事がわかったので本当によかったです。
  • すごくわかりやすかったです。性、生、食のつながりを初めて知りました!自分が将来ちゃんとやっていけるようにしたいと思いました。“いただきます”の意味もわかってよかったです。自分の命は自分だけのものじゃないので、大事にしていきたいです。給食も残さないようにしたいです。小学生のお弁当はすごかったです。
  • 改めて今生きていることの大切さがわかってよかった。そして大学生の大変さや料理が作れない不便さが良くわかった。自分が大学生になったらもう少し料理がつくれるようにしようと思った。違う(学校の)中学生や小学生の生徒であれだけお弁当をつくれるのにとても感心しました。「いただきます」はとても大切で価値のあるものとわかってよかった。
  • 命の大切さがわかった。性と生と食がつながっていることがはっきりとわかった。ぼくは、食べる前に必ず「いただきます」を言います。けど、ぼくはありがとうと思って言わないので、今度からは気持ちを込めて「いだだきます」と言おうと思います。今日は暑い中来てくれてありがとうございました。


聞いていないような素振りを見せながらちゃんと聞いていたのだ。
暑い中、最後まで私の聞いてくれたありがとうと、児童たちにお礼を言いたい。


この学校の栄養教諭と調理師の食への思いは熱い。
地場産の野菜や果物はもちろんのこと、
個人的につながりのある山形県有機農家から、
リンゴや洋梨のアウトレット品を安く入手して使用するなど、
食材にとことん拘っている。
「この学校へ来ると給食が美味しいから太るんですよ」と先生たち。


給食の調理法にもとことん拘る。
手間を惜しまず、温かいものは温かいうちにという姿勢。
この日の献立は、四種野菜のかき揚げに、
地場産椎茸のだしで頂く冷やしうどん。
そして、いりことナッツの自家製の甘炒り。
もちろん市販の袋詰めではない。
これに牛乳が付く。
給食時間直前の一番忙しい時間帯に、
調理室を見学した私に気さくに話しかけてくださった調理員さんたちの笑顔がとても印象的だった。


栄養教諭の先生が私に言う。
「いつも給食をたくさん残す児童が、比良松先生の話を、俯きながらも、時折顔を上げて真剣な眼差しで聞いていました。」と。


この学校2学期から弁当の日を実施する予定だ。
「普段は自分で作らない私も2学期からの弁当の日には私も弁当を作る事にしました。」と校長先生。


九州にはこんなに子供たちのために頑張っている学校教員や職員たちがいるのだと感心した。
そういう素敵な先生たちの食への思いが、児童たちに伝わり、彼らの心が成長するきっかけとなってほしい。


水曜。
九大病院で口腔外科手術。


右奥の歯肉内に埋まった親不知の周囲に嚢胞ができており、
それが数ヶ月前に細菌感染により腫れてしまったために摘出しなければならなかった。


患部が腫れて近所の歯医者にかかった時、
「“がんしせいのうほう”の可能性があります」と医者が言う。


えっ?
癌?
死?


一瞬、うろたえる私に医者が説明する。
「“歯”を“含む”と書いて含歯性嚢胞です。」


ひゃ〜、脅かさないでくださいよ〜。


その後、九大病院で再診し、CTスキャン(輪切り画像)撮影をしたところ、
親不知と嚢胞の一部が下顎の下歯槽神経に接していることがわかった。
担当医からは、
細心の注意を払いながら手術はおこなうが、
患部の摘出後に下顎に痺れが残る可能性があるとの術前説明をうけた。
それでも患部をそのままにして今より病状を悪化させるよりはマシなので手術を依頼。


患部の摘出に1時間以上を要した。
終了後は顎にまったく力が入らない。
ヘトヘトだった。


その後、処方された鎮痛剤で脳をごまかしながら生活するが、
術後3日くらいまでは食事を抜いたり、
食べても野菜ジュースと流動食的食生活の日々。
開かない口を少しだけ開け、
食べものを患部に触れないように口の左側から喉の奥へと入れ込む動作は、
まるで保護された赤ちゃん動物の食事風景。
今日まで五日を経過し少しずつ、ほんとうに少しずつ食べれるものが増えてきたが、
術部の腫れと痛みは依然として残っている。
歯とその周辺組織をごっそりとえぐり取ってしまったのだから当然だ。
それでも幸いなことに、心配された手術による痺れは殆ど出ていないようだ。
腕の良い担当医に感謝。


人生で食べられる幸せをこれほど感じたことはこれまでなかった。
食べれるって素晴らしい。


あ〜、はやくまともな食事をしたい。


木曜。
そんな憂鬱な日々を過ごしている最中、
私のもとへ予想もしなかった朗報が舞い込む。


昨年、
かつての教え子と共に書き上げ、
日本植物学会雑誌(Journal of Plant Report)に掲載して頂いた、
屋久島の野生ツツジの自然雑種形成に関する研究論文
Shuichiro Tagane, Michikazu Hiramatsu and Hiroshi Okubo (2008) "Hybridization and asymmetric introgression between Rhododendron eriocarpum and R. indicum on Yakushima Island, southwest Japan" JPR 121(4): page 387-395. (http://www.springerlink.com/content/4x6001l1567772w1/)
が、本年度、BEST PAPER賞に選ばれたと言うのだ。


この学術雑誌。
今年で122年目という国内でも有数の歴史を持ち、
今年4月には、
国際的図書館協会Special Libraries Associationによって、
ここ百年で最も影響力のあった生物・医学雑誌トップ100に、
国内学会の学術雑誌より唯一選ばれた。
その雑誌の編集委員約40名の投票・審査によって毎年1〜2報のBest Paperが選ばれているのだそうだ。
そんな栄えある賞に、
私どもの論文が選ばれて本当によかったのだろうかという戸惑いも正直に言ってある。


今日、審査講評がhttp://bsj.or.jp/osirase/osirase_open.php?shu=1&did=200239に掲載された。
この他に明文化されない受賞理由があるとすれば、次のようなことではないかと想像している。
モデル植物や先端技術を駆使しておこなわれるスピード勝負のラボ研究が生物学の趨勢となる今日、
地に足をつけ、時間と労力をつぎ込まなければできなかったフィールドワークによって成し得た発見に対して、
同業者の方々が、その価値を見出してくださったのかもしれないと。
似たようなフィールド研究を志す若者は国内に多い。
私たちの研究に対する評価が今後そういう人たちの励みになればとても嬉しい。


思えば、
この研究を着想してから本論文が世に出るまで6年余りの歳月を要した。
教え子と二人、
何度も屋久島や周辺の離島を訪れ、
データをとるために、
どしゃ降りだろうが、強風だろうが、
出て行けるときはフィールドに出て仕事をした。
沢で足を踏み外し、川に落ちたこともある。
経費を節約するために、野宿をしたり、車中に泊まったりした。
島内や山中で出会った地元住民のご好意でご自宅や公共施設に泊めて頂いたこともあった。


ここに、
私たちのフィールドワークを支えてくださったたくさんの方々への感謝の意を表するとともに、
その方々たちと今回の受賞の喜びを分かち合いたい。