ファシグラとファシリテーター _ My Life
昨夜の会議。写真のようなファシリテーショングラフィック(ファシグラ)を書いてくれた人がいた。学童保育の保護者会の役員仲間のひとり、Oさん。
ファシグラとは“話し合いをより円滑に進めるための板書”とでも言うのだろうか。会議で重要と思えることや決まったことだけをノートに書き留めていく、いわゆる“書記”とは異なり、「参加者全員に見えるように」、「リアルタイムの発言やアイデアを」「しばらくの間提示」する。
Oさんは、ファシリテーター養成講座で修得したばかり。なのに、こんなにすばらしいファシグラを書ける。スゴい。私にはこんな才能はない。
少し遅れて来た私にも一目瞭然で今話していることを理解できた。その上、みんながファシグラに書かれたことを指差しながら意見を出し合っていた。ファシグラが有効に活用されていると感じた。ホワイトボードがない会議室で、このファシグラは光っていた。
実は、私はこのファシリテーショングラフィック(ファシグラ)の活用を一度諦めたことがある。
ちょうど2年前、学童保育保護者会の役員を任せられれ、これから会議や何らかの企画を運営する上でファシリテーションの能力は重要だと思い、これを学んだ(http://d.hatena.ne.jp/mich_katz/20051122)。
私は、早速、マイ・プロッキーを購入し、会議で実践していくことにした。決して上手なファシグラではなかったが、速記力には自信があった。一部の人には「助かる」と、それなりに評価してもらえることもあった。
だが、この良さを理解しようとしない人たちの前では無力だった。せっかく板書しているのに、あまり利用してくれず、どんどん話が脱線していく。あるとき「言ってもいないことを書くな」とさえ言われたこともあった。この出来事があって、やっても無駄だと思い、断念した。
私はこのとき学んだ。良いファシグラがあっても、良いファシリテーターがいなければ、その効力は失われると。
外来語で分かりにくい言葉であるが、http://www.pref.chiba.jp/syozoku/e_kansei/gakushu/07gaido/07-004-015.htmlなんかを見れば、ファシリテーターとは何をする人なのかをある程度イメージできるだろう。ファシリテーターは、参加者自らが、あることを体験したり多様な考え方を共有したりしながら、主体的に考え、気づき、合意することができるように介入する。説得するのではない。あくまでもその人自身の気づきによる行動の変化を期待するのである。
やってみると分かるが、これもとても難しい。私としては、ファシグラよりも難しいと思った。
ファシグラ同様、様々な紆余曲折があった。会議や企画をうまく運営したいと思っても、消化不良に終わることが多々あった。でも不思議と断念しようとは思わなかった。自分だけでなく、多くの人と、クリエイティブでハッピーな気づきや学びを体験したいという思いが強かったからだ。
そんな2年間を経て、ようやく自分なりに納得できる、ファシリテーターとしての力をある程度身につけることができた。今、とても充実している。
ファシリテーター力をつける上で大切なこととは何だろう。今、改めて振り返ってみる。
- たくさんの引出しをもっていること
- 相手の心の動きを読めること
- 相手を感謝・尊敬し、信じれること
- 自分のスタイルであること
そして
- 身近に仲間をつくること
こうした学びがあったのは、ゴーシ舎長というファシリテーションの達人が身近に居てくれたおかげだ。彼のファシリテーションテクニックをこの2年間、何度も見て、盗み、そして、自分に馴染む形に変化させた。
不思議なことに、自分流ができてくると加速し始める。この快感は、その域に達した人にしか分からないのかもしれない。
ファシリテーターを目指す人には是非その快感を味わって欲しい。