イタリア旅行記〜5


フィレンツェから電車で1時間。
郊外の小さな街ペッシャ。


そこに世界16カ国から約90名の研究者が集まっている。


国際ユリ属シンポジウム。



“ユリ族”ではない。
“ユリ属”。


ユリを研究するマニアックな人による極めて真面目な研究交流の国際会議だ。
世界のユリ生産の動向、品種改良、遺伝子組換え技術、栽培に関する諸問題、芸術……etc.
ユリに関する研究のことなら何でも紹介される。


江戸時代、シーボルトを始めヨーロッパの植物分類学者たちは、幸運にも海外から厳しい鎖国状態にある日本へ入国し、自生のユリを生きた状態で自国へ持ち帰った。
それ以来、日本人にとても身近な植物だったユリは、欧米の人々を魅了し、決して自然状態では出会うはずのなかった新しい結婚相手を見つけ、彼ら好みの形や色へと姿を変えていった。
そこに原種の面影を感じ取ることは専門家でも難しいかもしれない。


今日、世界の花のマーケットの中に占めるユリのウエイトは大変大きい。
新品種の開発のために巨額の資金が投じられる。
そのトップを走るのは、球根生産を重要な国策としているオランダだ。
最新のテクノロジーを駆使して発表される研究成果は常にオーディエンスの注目を浴びている。


その一方で、その華々しい世界の創造に貢献した日本のユリたちの現状を知る人は多くない。
我が国で生を受けた18種類のユリのうち、1種はすでに絶滅、9種は絶滅が危惧されている。
あのカノコユリもそうだ。


奇妙なことに、絶滅した種を私たちは手にすることができる。
自生地から消滅した今日でも、商業用に取引されて海外へ移住した子孫が世界の様々な場所でクローン増殖されているからだ。


しかしそれは、自然が育んだ原種の残された一部でしかない。
我々日本人の中にもいろいろな個性の個人が多数いるように、絶滅した種の中にもいろんな個性の個体がいたはずである。
今日生き残ったクローン個体が持つ多様性が、原種の多様性に及ぶことは、残念ながら永遠にない。
種が絶滅するということはそういうことだ。


そして自然の摂理によって創造された命に敬意を払わない文明の行く末は危うい。


今回の研究発表から、そういうささやかな私の想いを感じ取ってくれる人が少しでもいてくれると嬉しい。