サイエンティストを育てる感動リレー _ Campus Life


Y教授の研究室の大学院生Yさんが先週末に私のもとへ訪れた。Yさんは博士論文の研究でジンリョウユリhttp://ktani.cool.ne.jp/hanami/040606/rep0606.htm)という徳島県の稀少な(環境省レッドデータの絶滅危惧IA類にリストされる)ユリを保全するために繁殖生態を研究している。Yさんの研究アドバイザーに指名された私へ、これまでの研究成果と今年度以降の研究計画を説明しにやってきたのだ。とても真面目で律儀な印象の大学院生だ。


ジンリョウユリはササユリの変種である。葉縁に斑が入り、栄養ストレスが過度に加わる蛇紋岩地帯の超アルカリ土壌に生育するという点で、形態的にも生態的にもササユリと区別される。


Yさんは、ササユリは自家不和合性であるのに対し、ジンリョウユリが自家和合性を示す点に注目し、風化邪紋岩の崩落後に生じる裸地(ギャップ的環境)で、ジンリョウユリが侵入後にすみやかに集団サイズを拡大する際に、自殖(1個体で種子を生産)できる自家和合性個体の存在が有利に働くと考えた。今年の計画では、自殖率、近交弱性の強さと、集団のサイズ、自殖に有利な形態との関連性を明らかにし、そのシナリオを検証する予定だと言う。


自殖能力を進化させたパイオニア的生活史を持つユリと言えば、近年、日本のどこにでもみられるようになった、台湾原産のタカサゴユリもそうだ。タカサゴユリの進化を研究する私にとって、Yさんの研究はたいへん示唆に富む。


他殖に頼る自家不和合性のユリでは、雄蕊の葯よりも雌蕊の柱頭が突出しているので、自家不和合性が自家和合性に転換するだけでは、自動自家受粉(送粉者無しの自殖)は達成できない。ジンリョウユリの場合、柱頭と葯の間の距離がほとんどない個体があり、そういう個体は、送粉者無しでも自殖できるそうだ。


しかし、面白いことに、タカサゴユリの場合はそうでない。最初は、私も、タカサゴユリで自動自家受粉が成立するために柱頭〜葯間の距離が短くなる変異が生じていると予想していたが、タカサゴユリの中にそのような個体を見つけることはできなかった。その代わり、タカサゴユリでは、雌蕊寿命が雄蕊寿命よりも長くなるという進化が生じており、雄蕊が花被片と一緒に脱落する際に自動自家受粉を可能にしていることが私の研究で分かってきている。


そんな話しを含め、タカサゴユリの進化物語にまつわる最近の発見を、Yさんに、ひとつひとつ丁寧に紹介していった。すると、それまでもの静かに語っていたYさんが「え〜っ!」、「うわ〜っ!」、「すごいです!」、「おもしろいです!」と叫び出した。私がユリの研究で感じているワクワク感を、Yさんが共有してくれた瞬間だったと思う。その反応に、私も嬉しくなり、時間が経つのも忘れてつい熱く語ってしまった。


話しながら私は、10年ほど前に、Yさんの指導教官であるY教授の著書「花の性」で初めて触れた、植物の進化と生態にまつわる研究のワクワクする感動ストーリーを思い出していた。


研究から得られる感動の共有とリレー。
それが、新しいサイエンティストを育てていくのだろう。


タカサゴユリの進化物語
はやく原稿を書き上げよう。