レンコンがレンコンになる時

弁当の日つながりで今年知り合ったばかりのTさん(新潟在住)より特産のレンコンを頂いた。
彫り上げたばかりのレンコンはシャキシャキとした歯ごたえが市販のものとは比べものにならないくらい強く、美味い。


「レンコンはなぜレンコンになるのか?」


その理由は、つい最近までわかっていなかった。
遺伝子を分析できる技術が進歩した現代でも、そんなことすら分かっていなかったのである。


レンコンは蓮根と書く。
文字通り解釈すると、蓮(ハス)の根である。
正しくは、蓮の“地下茎”。
しかし、この地下茎は、いつも私たちが食べるような太さではない。


春、水田に植え付けた種(たね)レンコンから地下茎が分化する。
地下茎は、肥大せずに細身のまま8mくらいまで地下を這うようにして伸びる。
そしてある条件になった時、地下茎が肥大し、私たちがいつも見るような太さのレンコンになるのである。


ひょっとしたら、かつて、レンコンが太る理由を調べようとした人が居たかもしれない。
でも、全長8mもある植物の栽培環境をコントロールするのはたいへん困難である。
レンコンが太る理由が解明されたなかったのにはそういう訳があった。


ある日、私の友人は閃いた。
「種レンコンでなく、ほんとうの種子(タネ)から育てれば栽培環境を容易に制御できる。
そうすれば、レンコンを肥大させる条件を見つけることができるかもしれない」と。


その企てはまんまと成功した。
種子から発芽したレンコンの地下茎は、ミニチュアサイズで伸長した。
そのミニチュアレンコンに当てる光の長さを様々に調節する実験により、ついにレンコンがレンコンになる理由を突き止めたのである。


世界初である。


レンコンは、葉で受けとめる連続光が12時間を下回る時、伸長していた地下茎が肥大する。
つまり、日が短く(短日条件に)なるとレンコンができるのである。
例えば、福岡で日長が12時間以下になるのは9月下旬頃。
その時期を過ぎると地下でレンコンができはじめるということになる。
この実験で、種子から伸びた地下茎の先端にできたのは、短いソーセージのようなミニサイズのかわいらしいレンコンだった。


実験では、レンコンの光に対する反応はかなり敏感であることも分かった。
ある程度の感覚をおいて、短日、長日、短日とくり返すと、レンコン、地下茎、レンコンとなった。


レンコンの種子。
土を入れ、水を張り、種子を植え付けるためのプラスティックバッド。
日の長さを人為的にコントロールするための蛍光灯をぶら下げ、暗幕を掛けた手づくりフレーム。
そして、物差し。
それが、この世界初の発見で必要だった研究材料のすべてである。


この単純かつ明快な研究成果はイギリス(Ann. Bot. 97: 39-45)とドイツ(Planta. 226: 909-915)の権威ある植物学ジャーナルで紹介された。


世の中には、未だ理由がわかっていない身近な生命現象が多々ある。
その解明への最初の一歩に切り込むのに必要なのは、技術でなく、閃き。
テクノロジーではなく、ブレインである。