涙の弁当


「おいぎりに〜、ウィンナーに〜、スクランブルエッグに〜……。
そうだ!ポテトサラダもつくろう!」


弁当の日の前日、小学3年生の女の子はそう心に決めた。
翌日、朝6時に起き、弁当づくりを始める。
まずは初挑戦のポテトサラダから。
レシピを確認しながら作業を進める。
鍋に水を入れて火にかける。
お湯が沸くまでにジャガイモを洗い、そしてニンジンを切る。
レシピ写真のニンジンを見て、ポテトサラダに入れるには小さく切る方が良いと思った。
切ったことがないようなサイズに切ろうとするととても時間がかかった。
その間にあっという間にお湯が沸いたので、慌ててジャガイモ3個を入れる。
またニンジンを切る。
ニンジンの次はブロッコリー
冷蔵庫に保存していた茹でブロッコリーを取り出し、これも細かく切る。
母が買い置きした缶詰のコーンを開け、みじん切りのニンジンとブロッコリーと一緒にボールで混ぜ合わせる。
すっかりジャガイモのことを忘れて皮がお湯の中でボロボロになっていた。
それを火傷しないようにお玉でひとつひとつ慎重に取り出す。
まな板の上で皮をつまんで剥こうとするけれども、ジャガイモが熱すぎてなかなかうまく剥けない。
10分以上かかってようやく皮を剥き取り、既に他の材料が入っているボールに入れる。
レシピどおりにフォークを持ってジャガイモをつぶそうとする。
しかし、フォークを刺せども、刺せども、ジャガイモは小さなかたまりに分かれていくだけで、ペースト状にはなってくれない。
そりゃそうだ。
刺すのでなく、つぶさなければジャガイモはペーストにはならない。
苦心の末、ジャガイモを粉々にし、最後のマヨネーズを投入。
女の子の記憶にあるポテトサラダに似た状態になった。
開始してからここまで約1時間。
まだおにぎりも、スクランブルエッグも、ウィンナーもつくっていない。
ポテトサラダだけでは弁当にはならない。
投げ出したい気持ちを必死に堪え、
スクランブルエッグのための卵を割ろうとすると……。
飛び出た卵の中身が床に落下。
ここでもタイムロス。
床に落ちた卵を黙々と片付け、二個目の卵、そしてソーセージと、フライパンで順に炒めた。
最後に大きめのおにぎりをラップを被せて握った頃には、始めてから1時間半を過ぎていた。
これでやっと弁当を詰めることができる。
朝ご飯を食べていなかったから、腹がとても空いていたのだけれども、もう学童保育に行かなければならない時間になっていた。
手づくりのおかず三品とおにぎりを詰め終えると、もう、身体はくたくた、気持ちは萎えて、気持ちが悪く、朝食を食べる気がしない。
「食べていかんとお腹が空くよ」と父に言われ、朝食の前にとりあえず座るが、一口、一口と朝食を口に入れる度に、涙がポロポロ、ポロポロと流れ落ちてきた。
母や父がいとも簡単に作ってしまう見慣れた料理に、なぜ自分はこんなにも手こずったのか。
そんな言葉にならない、もどかしい気持ちが身体中を駆け巡っていたのかもしれない。


その日の昼、学童保育には手づくり弁当を自慢げに見せる子どもたちで溢れていた。
その中に、1時間半以上かけた手づくりのおかずを、笑顔で交換し合う女の子が居た。