イタリア旅行記〜3


フィレンツェ2日目。


昨夜ワインを飲み過ぎたせいか夜中に目が覚めてしまい、朝、再び目が覚めると8時10分前。
観光客に人気のウッフィッツィ美術館の当日チケット売り場に並ぶには8時半までには並ばなければならないと思っていた私は、
慌てて着替え、ジュースとシリアルだけで朝食を済ませ、ホテルを飛び出した。


早足で歩くこと20分。
美術館の当日チケットの入口の前にはすでに20mほどの列ができている。
30分ほどの待ち時間入館できたのはラッキーだったかもしれない。


宗教画や特定の画家が好きだということではないが、せっかくフィレンツェに来たのだから、ルネッサンス期の名画、ボッティチェリの“ヴィーナスの誕生”だけは見たかった。


ギャラリーのある3階フロアにギャラリーの流れに合わせて昇り、番号順に部屋をたどると、目的の絵画は他の部屋よりもかなり広い第10〜14室にあった。
写真やテレビなど映像では何度もお目にかかっている絵だが、やはり本物でしか伝わらないものがある。
他の絵画よりもひと際明るい色調と中心に描かれたヴィーナスの肉感的な美しさに魅了されたギャラリーたちも、長い時間、沈黙してたたずんでいる。


私はこういう絵画に描かれている植物が面白いと思う。
多くのギャラリーは左にいる風の神ゼフュロスとクロリスの周りに散りばめられたバラの花に目がいくだろう。
しかし、絵画の前の手すりまで寄って間近でこの絵を見ると、右からヴィーナスへ差し出されているローブやそのローブを差し出しているニンフの衣服にいくつかの植物が丁寧に描かれていることがわかる。


おそらく、ヤグルマギクヒナギクといったキク科の植物。それにプリムラサクラソウ)の仲間だろうか。
そして、そのニンフの両足の間にもひとつ、一株のスミレを見つけた。
背景の緑色と同化していているので、遠くから眺めているとこのスミレの存在に気付くことはないだろう。
作者のボッティチェリになんらかの意図があったのだろうか。
それとも以前はもっと鮮やかに描かれていて退色したのだろうか。


この部屋のすぐ横の壁面に飾ってあるボッティチェリのもうひとつの代表作品“春(プリマヴェーラ)”には、人物の足元や背景の森の中にもっとたくさんの植物が描かれている。

「春」に描かれている植物は500種以上
「プリマベーラ」(春)は1981年に1年間かけて修復されました。500年という途方もない時間の流れのなかで黒ずみ茶褐色に変色していた絵は、みちが えるほど美しくよみがえりました。人々が驚いたのは、絵の前面、美女たちの足もとに描かれた豊富な植物に満ちている野原だったそうです。これらの植物をこ まかく調べた学者のグループがいて、およそ240種の花の咲いていない植物、190の花の咲いている植物、33種が想像上のもので見わけるのが難しく、 19が判別不可能だったと報告書に記したそうです。そして、これらの植物の9割は、フィレンツェ周辺の野や林に自生しているということは、ボッティチェリ の自然観察の鋭さを物語っているとともに、これらを調べ上げた研究者たちのこだわりにも感銘してしまいます。(http://blog.izumishobo.co.jp/sakai/2007/08/post_395.html


こうして歴史的な絵画を眺めると、その時代に生きた画家の周辺にどのような植物があったかが分かるし、画家の植物に対する知識や観察力、自然を愛でる心、絵画に対する細やかなこだわりを垣間みれた気がして楽しい。


部屋を隣に移動するとこの美術館のもうひとつの目玉、ダ・ヴィンチの“受胎告知”がある。


専門的なことはさておき、彼の絵が、同時期の画家が描いた宗教画とは明らかに異なる雰囲気を醸し出していることは、素人の私でも分かる。
ルーブル所蔵の”岩窟の聖母”を見たときもそうだった。


そして、この絵にも植物が。
キリストの受胎を告げにきた大天使ガブリエルの左手にはマドンナリリーがあるのは誰でもすぐに気付くだろう。
しかし、その足元をよく見ると、ここにも実にたくさんの植物が精巧に描かれている。
ダ・ヴィンチもまた、植物の種類をひとつひとつを丁寧に描き分けていたのだ。


美術館を出ると11時をまわっていた。


昼食にはあっさりとした野菜料理を食べたかったので、
スープ専門店(ズッペリア)ラ・カノーヴァ・ディ・グスターノでパッパ・アル・ポモドーロを頂いた。

トマトといろんな野菜を肉やパンといっしょに煮込んだトスカーナ料理だ。
ここはワイナリー直営のレストランで、店内の壁面に備えられたキャビネットには所狭しとたくさんの種類のワインが陳列されている。
せっかくなので、日本では飲めないようなワインも一杯頂いた。

イタリアワインでは珍しいピノ・ノワールを原料とした赤ワイン。
強いアロマだけれどもとてもソフトで上品な味わい。
たいへん気に入ったので、店員にお願いしてボトルの写真を撮らせてもらった。
するとスタッフがご丁寧にワイナリーで取り扱っているワインパンフレットまでくださった。


その後、お土産でも買おうと思っていくつかの店を訪ねたがどこも閉店。
そう、こちらでは日曜に休業する店が多い。
観光客の都合に店があわせるのでなく、店の都合に観光客があわせる。
こうした姿勢をすっかりわすれている私たち日本人にとって、たいへん考えさせられる一面である。
ショッピングには、明日、出直すことにした。


少し早めに宿へ戻り、次の街への列車の経路や時刻などを調べ、夕食へと再び出かける。
肉料理にはやや飽きた感もあるが、やっぱり日本では食べれないものは食べたい。
そこでモツ料理専門店(トリッペリア)イル・マガッツィーノへ。


少しはメニューの見方が分かってきたが、それでも店が変わると知らない名称がたくさん出てくる。
英語で「イタリア語がわからいので……」と伝えると、フレンドリーで愛想が良い店主が日本語のメニューを持ってきてくださった。
日本人であることがすっかりバレている。


フィレンツェ風トリッパ(牛の胃袋煮込み)

作物の育ちにくかったヨーロッパの風土で、貴重なタンパク源である肉を、余すところなく利用しようとする伝統の料理法である。
モツの臭みはないがちょっと塩味が効き過ぎているか。
量も私にはちょっと多過ぎた。


美味しかったのはこちら。
ズッキーニのスフレ

日本人好みの優しい味付けだ。


これらを赤ワイン、キャンティ・クラシコで頂くと胃袋は限界に達した。
ポンテ・ヴェッキオ橋の夜景や有名イタリアブランドのディスプレイウィンドウをほろ酔い気分で楽しみながら、ホテルへの帰路についた。