小ゼミ“いのちの授業"〜今、伝えたい私の気持ち5

 このゼミを受講して私が一番改めて感じさせられたのは「人とのつながり」です。
 最初にした遭難ゲームでは班のなかで誰も遠慮することなく自分の考えを他の人たちと言い合いながら考慮を重ねた結果、見事唯一生き残った班となり、チームワークの大切さや初めて会った人とでも心中をさらけ出して真っ向から真剣に接すればすぐに打ち解けることが出来ることを学びました。ぶどうの名前を考えた授業でも同じことがいえます。予定の重なりにより一度しか出れなかった課外実習では、農業体験に参加させていただいたのですが、ただ捨てるだけのものとしてみていた生ゴミが野菜を育てるのに逆に大いに貢献できたという事実に驚くと共に、仲間と共同で作業することにより、どんなに大変で成功まで長い時間を必要とする単純作業のくりかえしでも楽しく感じられることを実感できたとおもいます。
 また食を通した命に関する授業もとても印象に残っています。
 すこし余談が入るんですが、私は昔からあまり親と仲がいいとはいえません。勉強至上主義の家庭方針や世間体を気にしすぎる家系が嫌でたまらず、小学生の頃から下校拒否状態でした。成績が下がった時、大学受験に失敗したときの彼らの怒りようをみていると、正直、自分はただ親の評価をあげるためにつくられた道具のようなものではないのかと考えることしか出来ず、毎日が苦痛でたまりませんでした。「なんで自分だけ、一体どれだけ頑張ったら私は認められるのか」。いつもいつもそのことばかり考え、気づけば勉強しか自分にはなくなっていたことに対しても、どうしようもないやるせなさをもち、そういう風に育てた親を恨み続けてもいました。でも助産師さんのスライドショーを見ることで、どんな親も子供を心の奥では心底大切に思っていることを切に感じ、これまで想像したこともなかった親の視点からの子供への気持ちを垣間見ることができた気がします。
 少し違う方向から振り返ってみると、今までのことも全て私の将来を案じてきてくれた結果の上に成り立つ出来事だったのではないかとも思えてきました。もしかしたら本当は私は誰よりも子供のことを考えてくれる親の元で育っていたのかもしれないということに気づき、そのときの授業はスライドショーの内容を超えて勝手に脳内でいろいろめぐらせてつい泣いてしまいました。
 私は、実家生であり、毎日部活に行って帰るのが遅い私はご飯を作ることなどめったにありません。普段当たり前のように食べていたものを自分で作ることにより、また他人のことを考えて作ったお弁当を通して、母がどれだけ手間をかけてそして何を考えながら私の為に毎日早起きしてくれていたか、とても理解できた気もします。そういえば先生と作ってきたおかずがかぶったときはかなりあせりました・・・。でも味が全然違っていて、作る人によってこんなにも違いがでることにも大きな驚きをもちました。
 これから自分が生きていくなかで、友人に対しても、家族に対しても、常に感謝の意をもって接し、一つ一つの出会いを忘れることなく、そして大切にしてこれから先もつながりの和を広げていけたらいいなということを授業全体を通して最後に思いました。


親の心を子が知るとき、持ちつ持たれつの関係が深化する。