命とは何か? 〜 第4回少人数セミナー「循環力」その2

(5/2に遡る日記)


「命とは何か?説明してください。」


いのちの授業でもっともコアな質問を学生たちに投げかける。


無数にあるもの。
ひとつしかないもの。
親と子のつながり。
次の命の源。
遺伝子。
他へ働きかけるもの。
互いに支えあうもの。
生きるもの。
……etc.


「生きることは食べること」


命を考えるヒントは食にある。
そこで次の質問。


「1週間で何キロ食べたか?」


その解答に「食べる」という行為の本当の理由が見えてくる。
命とは「循環する物質の“流れ”」である。


その一方で、私たちの食には物質の流れを遮るものもある。
そして、そのような食糧が大量生産される背後で、物質の流れを育んできた環境が壊されていく。
西日本新聞社の食卓の向こう側記事や最新記事「阿蘇の草原を守れるか」を使いながらその実態を紹介する。


政府は、食と農林漁業の再生に環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加による食品の関税撤廃と農林漁業の国際競争力強化が必要と言う。
経済的価値観を偏重する世界では、食品は単なる「モノ」扱いされ、そこにはもはや「命の循環」は見えていないように思える。


胎児性水俣病
母体内の胎児が有機水銀に侵されたという悲しい歴史は、“流れ”こそが命を紡ぐ大事なものであるという教訓を私たちに残してくれた。


今、ここに居ることは流れであり、そして奇跡的である。

  • 今日の講義は昨日に関連した講義でした。実際いのちとはなにか?と言われ頭を悩ましましたが。考えること教わることで身につきやすかったです。いきものは土なしでは生きていけない。すごい印象に残った良い講義でした。
  • 農薬を使わない元気野菜のほうが虫がこないで元気なのにはほんとに驚きました。そして農薬は微生物などの"いのち"と関わりを絶つからこそこうゆう結果になるというのにはとても納得です。まさにいのちの繋がりがわかるものでした。また、昔との栄養価の違いは衝撃的でした。もっと食について興味をもち、学ばなければいけないことはたくさんあると感じました。最後の助産婦さんのメッセージはとても感動しました。近い将来お母さんになるはずなので、自分の体は自分ひとりのものではないことを意識して食習慣を考えたり、今のうちからきちんと料理をできるようになりたいと思いす。
  • 農薬を使わない方が害虫による害が大きいと思っていましたが、逆に農薬を使った方が微生物などいろいろな命と関係を断つことになり、元気な野菜が育たず、病気になったり害虫に負けてしまったりするということがわかりました。給食はけっこう余ることが多いと聞いたことがありましたが、実際に目の当たりにするとやはりショックでした。給食が無駄にならないようにする方法を見つけて実際に行動に移したいと思いました。また、命の尊さをすごく感じた授業でした。このような授業を受けたあとはいつも、ちょっとした辛いことがちっぽけなことのように思えてきます。命を大切にしようと思いました。呼吸をたくさんしたら、消費量が増えてやせるんですかね(^^)?
  • 自分の食べたものが自分の体をつくっていくだけではなく、次の世代や食材の育った周りの環境にも影響を与えているということで、安易に食材を選択してはならないと感じました。また、元気野菜は健康な土なしには育たないし、私たちも健康な土なしには生きては行けない。独りでは生きて行けないので、いのちあるあらゆるものに感謝して生きて行きたいです。
  • 私は小学生のとき給食委員をしていて、全クラスの残飯を1ヶ所にまとめる仕事をしていました。なので、学校で残飯たくさん出ていることはよく知っていました。学校で給食委員が何度も残飯を減らす呼びかけを行って、だいぶ残飯を減らすことが出来ましたが、完全に無くなった日はありませんでした。もしも私が将来先生になったら、残飯ゼロを目指す取り組みをしたいです。そして今日の授業で一番心に残ったのは、出産の話です。すべての人が元気に生まれてくることが出来ないことを、すごく不公平に感じてしまって、私はこんなに普通に生きていていいのかと思ってしまったけど、だからこそ今ある自分のいのちと自分以外のすべてのいのちを大切にしたいと思いました。今まで一度も母の日にお母さんに特別なことをしたことがないので、今年からは感謝の気持ちを持って手伝いをしたいと思います。
  • 今日は循環について考えました。いのちはみんな、かかわりあってめぐっているということがすごくよくわかりました。呼吸によってたくさんの食べ物が排出されていることにびっくりしました!人間もたくさんの命を食べて、食べたものを排出して、いのちの循環の一部なんだなと感じました。今問題になっていることとか、大規模な問題でも自分たちの問題として身近なところで考えて行動しなくちゃいけないとわかったし、これから実行できるようにしていきたいと思いました。いのちって何って聞かれたら難しかったです。でも助産師さんのメッセージを見て、本当に大事にしなきゃいけないと思いました。自分は、何がしたいかも分からないし、大学にきて何してるんだろうって思いながら毎日漠然と過ごしていたけど、生まれてきてここまで育ててもらって大学までいかせてもらっていることは、すごいことだと思ったから、これから時間を無駄にしないようにしたいです。親って本当に大変で、自分はまだ、できると思えないし、親にも本当に感謝です。
  • いのちって何?と聞かれると困ってしまいました。大事だ、とか、一つしかないとか、いろいろなことを考えます。「生きることは食べること」という言葉の意味を今日改めて理解した気がします。今度の母の日は何をしましょう…。母と深く話すことはあまりないのですがこの授業をきっかけと思ってがんばってみます。
  • 今日は「いのちのつながり」について考えさせられる授業でした。いきものは単独では生きられなくて、私がここにいるのも、たくさんのいのちに支えられてるからだって思えるようになりました。また、農業の話では化学肥料を使った方がよく育つと思っていたのですが、元気野菜の「生きる力」に驚きました。自分が当たり前のように食べている食べ物について考える機会になりました。
  • 今日は元気野菜のことを教えていただいて,自分が考えていたものとかなり違うことにとてもおどろきました。便利になるにつれて,安全さを求めるにつれて私たちは根本的に大切なものを忘れてしまったのかな,と思いました。ジブリが大好きなので、ナウシカの言葉やシータの言葉が胸につきささりました。また、いのちとは、やいのちの繋がりも少しだけわかった気がしました。両親への感謝を忘れてはいけないなと思いました。
  • すべての生命はつながっている、ということを再確認できたことが良かったです。基本的なことだけど、たくさんの人が見失っていると思いました。
  • 今までの認識が大きく覆った授業だった。虫食い=無農薬との考えがあったために、元気野菜の考えは何から何まで驚くべきものでした。あれは自宅の家庭菜園でも可能なのでしょうか。一口に『いのち』と言っても、奥深く尊いものであり、今まで面と向かって熟考したことはありませんでした。今回の講義で改めて、『いのち』の大切さを学び、この地球を生物の一つとして生きていく上で、どぅ歩むべきなのかを考えさせられました。日々たくさんの『いのち』が壊され、たくさんの『いのち』が生み出され、その循環の一歯車として自分がいて、誰か又は何かに支えられ、同じように誰か又は何かを支えて自分が日々を営む。上手く言語化出来ませんが、とても大きなものを得ることができた授業でした。気恥ずかしいですが、実家に帰って(現在帰宅中)、自分の誕生についてしっかり聞いてみたいと思います。家庭の方が生ゴミが出た後の鮮度が高いために、土に混ぜたときに微生物の活動が活発になりやすいからでしょうか。土に対しての生ゴミの量が多いことも利点なのでしょうか。まだ、家庭菜園のセットがないので今すぐには出来ませんが、とてもやりたいです。昨日参加できなかったことを踏まえても尚更です。
  • 今日の授業は考えれば考えるほど不思議な気分になったり、感心したりびっくりしたりしました。私たちは生きるために食べる、生きているものを殺して食べる。普段きにかけないことだけど沢山のいのちのおかげで私たちは生きている。ちゃんといただきます、ご馳走さまって感謝の気持ちを忘れない。些細なことかもしれないけどとても大切なことなんだと改めて思いました。阿蘇の記事も出産の映像にしても自然の力、生命の力ってすごいなと思いました。
  • 最後の助産師さんのスライドでいのちの重さに感銘を受け、涙がこらえきれませんでした。受精卵としてこの世に存在してから胎児として無事に産まれてくること、そして日々成長しながら生きていることは奇跡である、と改めて気付かされました。そして死産でも乳をあげるお母さん…いのちを授かり母親になるとはそういうことかと真剣に考えさせられました。また、新しいいのちが誕生するにはパートナーが必要、「互いに支え合ってこそ存在する」いのちとは、いのちの『誕生』においてもいえることなんですね!!そして、1週間の食事で吸収した量のうちの約半分がCO2として体から出ていき、それで植物はからだづくりをしている、地球上の生物同士が素晴らしく循環しながら共生していることを知って感動です。
  • 今日の授業は感動しました。まずはじめに 土 について。確かによく考えてみると私たち人間は土が無いと生きていくことが出来ないなぁと思いました。土によって元気な野菜が育つ ということもきちんと道理にかなってると思います。授業の最後の方では 生 について考えさせられました。自分が生きてることは奇跡なんだということを意識しながら生活すると ものの見方も変わる気がします。
  • 小学校の残飯の量を見て改めて衝撃を受けました。自分たちも同じくらいの量を当たり前に残していたはずです。私の町では給食の残飯は豚の飼料にされていたので循環は出来ていたかもしれませんが、最初から残さないのが最善の方法だと思います。しかし、小学生に「残してはいけないよ」と言うだけでは、残してしまうと思います。弁当の日の実施以外に小学生に全部ご飯を食べてもらう良い方法がないか考えてみます。生ゴミ堆肥の能力には驚きました。元々、祖母の作る野菜は有機栽培(彼女が健康を意識しているわけではありませんが)です。だから、有機の方が甘いし、うっかり失敗しなければ虫もつかないと感覚的に知っていました。一方で大量生産には化学肥料を使った栽培の方が向くと考えていました。しかし、生ゴミ堆肥で幼稚園児でも立派で美味しい野菜が作れると知り、それなら、有機栽培が農業の主流になることはできないのだろうか、という疑問を持ちました。
  • 農薬、化学肥料が使われていない元気野菜は使用されているものより腐りにくかったり、甘かったり、成長がよかったりしたので意外でした。また小学校の残飯の量が非常に多くて、私も小中学校の時、好き嫌いが激しく給食を残してばかりだったことを思い出しました。今思うとすごくいのちを無駄にしてしまっていたなと悔やまれました。
  • 今日は改めて母親の偉大さを思い知りました。とてもじゃありませんが、今の私では母親になれないと思いました。まだまだ人間として未熟な自分もいつかは命を守れるような母親になれるでしょうか。なりたいと思います。同時に思い浮かぶ事がありました。最近、私の小学生の時の同級生が結婚したのですが、俗に言われる授かり婚です。私が卒業した高校はカトリックの女子校で、常々「一人の女性として責任をもって行動しなさい」と言い聞かされていました。そんな私にはとても衝撃的な出来事でした。決して「生まれてくる子供が可哀想だ」とか、そういうことを言いたいわけではありません。子供を授かる事自体は奇跡です。とても尊い事です。ですが、同級生が自分と同じ年で親になるという事に対して違和感が拭えませんでした。先にも述べた通り、私はまだ人間として未熟です。私と同年代の人のほとんどがそうだと思います。そんな未熟な私達が1つの命を守り通せるでしょうか。私だったら出来ないと思います。そういうことを考えてしまい、素直に祝福出来なくて、少し悲しくなりました。すみません。話がそれてしまいましたが、自分の中で色々なことを考え直す良い機会になりました。
  • 今日は講義の最大のテーマである「いのち」について考えました。あらためて考えてみると言葉で上手く伝えられませんでした。いのちは日々壊され、作られるものという言葉を聞いて、色んなものにいのちがありいのちとは繋がっているものなんだと自分の頭の中ににすっと入ってくるのを感じました。呼吸が日々の大半の食事の重さを出しているということもすごく興味深かったです。最後の出産した女性の感想を見て、いのちを産むことって素晴らしいことなんだなと涙がでそうになりました。自分は今まで痛い思いをするくらいなら子供なんていらないとずっと思ってたけれど、考えが変わりました。いのちをうみだせる体に生まれてきたことにほんとに感謝できる日がいつかくればいいなと思いました。
  • 元気野菜の考え方に、びっくりしました!!元気だったら、病気にかからないなんて、本当に人みたいですね。土が元気なら植物も元気になって、それで虫が寄ってこないなんてなんだかちょっと信じられません。私は昔から、虫が食べてるのは美味しい証拠だからって言われながら育ってきたので、家族にもぜひ伝えてみたい話です。あと生ゴミを利用した土作りはぜひ家族に伝えたいです。循環の中にあれば環境にもいいですよね。今日「いのち」で出てた次の物のための物みたいなことが出てたけど、確かにいのちが次のいのちを生み出してるなって本当に思います。食料としてだったり、出産してだったり、栄養になったり、そうして新しいいのちがうまれて育ち、それが循環なんだろうなって思います。わたしたちはもっといつもいただいてる食べ物のいのちってことをしっかり考えているべきだと思います。最後に、無くなっている赤ちゃんを産む話には、本当に胸が痛みました(>_<)今まで性教育とかで、いろいろ考えてきたけど、今日改めて、自分が今ここに存在していることの奇跡を実感しました。
  • 循環は中学の頃にならったきりでやっぱり知識が増えて改めて考えてみると大切な事なんだと再認識しました。でも最初に見た小学生の給食を残している量はビックリましたした。私の通っていた小学校と中学校では残した状態で食缶を返す事が出来なかったので本当にあんなに残してるのが信じられませんでした。
  • 化学肥料を使うと野菜は虫が付きにくくなると思っていたけど、化学肥料を使わない元気野菜の方がよく育っていたので驚きました。今日の授業を受けてさらに家でも土作りをしたいと思いました。いのちが繋がっていることを忘れずに生きていきたいです。
  • 今日の講義は考えさせられることばかりでした。元気野菜は考えれば確かにとおもいました。植物だって生き物なんだから他の生物とつながっているのは当たり前だしそこは最初から大切にすべきだったんですね。それに言われてはじめて気づきました。水俣病にかかった宝物と呼ばれる子供たちの話はとても切なかったです。お母さんを助ける為に生まれてきた、けれども大事な子供に水銀を全て渡してしまったお母さんは本当に辛くて悲しい思いをしたと思います。今日は他の生き物との循環や母子の命の繋がりを学べたいい授業でした。
  • 一昨日の体験を昨日の講義でより深く知れてよかった。実家には大きな庭があるけれども、雑草だらけなのでぜひ野菜を育てるよう親を促してみたい。
  • 今日は循環ということでしたが、改めていのちの繋がりについて考えさせられた時間だったと思います。いのちとは何か…考えれば考えるほど難しい問いだと思います。私が小学六年生の時、クラスでは「全部食べ」という名の給食を残さず食べる取り組みがありました。最後に残ってしまったおかずは同級生によってみんなに少しずつ配られました。残飯ゼロになるまで昼休みには入れませんでした。今考えると、とてもよい活動だったと思います。この後、私は食事を残すことがほとんどなくなりました。いのちの授業により、この体験を再び思い出すことができました。毎週15kgものいのちをいただき生きていけることに感謝したいです。また、元気野菜では有機農法のすごさを知りました。虫が食べない元気な野菜…こんな野菜を見たのははじめてです。土を栄養豊富なものにすること、菌の力で野菜を守ること、野菜作りの奥深さに感心をもちました。昨日は休んでしまい、体験できなかったことを残念に思いました。
  • 今日の「いのちとは何か」という質問がものすごく難しかったです。なんとなく分かっているつもりだったけど、いざ言葉にするとなると全然できませんでした。いのちというのは、私たちひとりひとりがそれぞれ持っているものだけど、それはひとつでは成立し得ないのだと感じました。いのちは循環していて、私のいのちがみんなのいのちであり、みんなのいのちが私のいのちなのだと思いました。
  • 昨日は循環やいのちについて考えました。いのちはつながっていて、誰かがいないと生きていけなくて、弱いとかじやなくて、みんながそうなんだなと思いました。植物や動物じゃなくてもよく物にいのちがあると言う人もいます。いのちの定義は本当に難しいんだなと思いました。あと野焼きをしたら森林に戻ってしまうときいて、この前友達と話していたことを思い出しました。人間がいなくなったら森林はものすごくスピードで再生していくそうです。ある生物がいなくなればほかが大量発生率するなどして生態系が崩れるとか言うけど、人間がいなくなったら困ることはあるのか、困る生物がいるのか。疑問に思いました。
  • 「いのち」という言葉の意味の深さを改めて実感させられました。そして、最後の「人は生きているだけで価値がある」という言葉にとても感動しました。これからも新聞などを通して、いのちは何かという問いかけに自分なりの答えが見つけられるようになりたいです。
  • 有機野菜のイメージは、害虫に弱く栽培に手間がかかるというものでした。しかし、堆肥がしっかりしていればそれらの欠点を払拭でき身体にも良い元気野菜が出来るということは寝耳に水でした。また、助産婦さんのスライドは、感慨深いものでした。というのも私には、10歳年下の弟がいるので小学3年生の頃に生命の誕生の神秘さや尊さを体験したからです。来週の授業でその辺りをみんなで深め合えることを楽しみにしています。
  • 虫食い野菜は美味しいから虫に食べられるのだと思っていました。しかしスライドを見て、驚きました。今まで考えていたことは全くの間違いだったということに。「土から離れては人は生きられない。」人は土から命をもらって生きているということに気が付けました。私は「命」と「いのち」は違うものだと思います。「命」は生命に意味が近く、「いのち」は生命の中にある温かい暖かい力なのではないかと思います。
  • 循環力についてくわしく知れてよかったです。前日に農作業したばかりだったので、より身にひきつけて考えることができました。