涙の「自炊塾」プレセミナー

来年度開講予定の大学生のための九大「自炊塾」。


将来就く仕事を目指して調理技術を向上するための大学の授業はある。しかし、日常的に自炊ができる学生を育てることを目的とした授業はどの大学にもないだろう。


誰もやったことのないこの授業を実現するためには、クリアしなければならないハードルがいろいろとある。とりわけ、キャンパスに実習用調理施設がない九州大学で、どうすれば調理実習も含めた「自炊塾」ができるのかは、開講を決断する上で大きな悩みだった。


「大学生のためにキッチンを提供してくれる人が現れて欲しい」


最近、神様は本当にいるのではないかと思うことがある。私が「自炊塾」の開講で悩んでいる、まさにその時、TNCももち浜ストアの料理番組でご活躍中の幾田淳子先生(株・Ikuta kitchen代表)から、渡りに船を得るような一通のメールが突然届いた。

私の子供料理教室では、毎週楽しく明るくお料理に取り組むこどもたちがいます。その反面・・・20代〜30代のお母さんたちは、お料理ができないと嘆いています。だから私はもっとみなさんのお役にたちたい。


せんせい。一度、学生のみなさん連れて来てください。料理を作りましょうよ。みんなで食卓囲みましょう。大人数ではできないけど、少人数だとどんなことも可能です。


比良松せんせいの教え子さんが主役なんです。ひたすら卵焼き作ろう。ひたすらごはん炊こう。ひたすら味噌汁つくろう。


私ひとりでは無理だから、料理研究家の講師をたくさん集めて・・・真剣に若い人に教えることができる人を集めて・・・。私たち大人はアドバイスするの。何度も反復して。


私は丁寧に作ることも推奨していますが、その前にやはり手料理っていいな〜と思ってもらうことが大事だと思います。すぐには顕著には表れないかもしれないけど、コツコツ。毎日のことだから気を負わず、コツコツ。


自炊化プロジェクトの実習、幾田キッチンで無理ですか?
未来ある若者の力になりたい。


企画から実施までわずか1ヶ月。幾田先生のご提案を受け、5名の大学生を招待し、(株)Ikuta kitchen 高宮クッキングスタジオで「自炊塾」プレセミナーを、昨日、実施することができた。


最も嬉しかったことは、急な呼びかけに対し、二人の料理研究家が講師を買って出てくださったことだ。ご協力くださった講師のお一人は、地元で子ども向け料理教室を開講されている北川みどり先生(Cokking Room Happa主宰)。もう一人は、塩糀と甘酒を使ったマクロビオテック料理がご専門の橋本恵子先生(塩糀deナチュラル&ベジタブルライフ主宰)。幾田先生同様、お二人も、「いのちの授業」にゲストとして参加してくださっており、地元のテレビや雑誌に幾度もご出演されている人気の料理研究家だ。


他大学から学生が参加してくれたこともたいへん有り難かった。やはり、自炊を学びたがっている大学生はいるのだ。学生たちは2グループに別れ、およそ3時間で3名の料理研究家によるローテーション実習を受けた。同じ場所で、人気料理研究家3名に料理を習う今回の実習は、学生たちにとって夢のような時間になったことだろう。


その上、授業をする側の講師も、実習の雰囲気づくりや受講生へ伝えるテクニックを他の講師から学ぶ場にもなる。3名の講師の実習方法は、どれもたいへん個性に溢れていた。イラストで魚の捌き方をわかりやすく解説し、ひとつひとつ実演してみせる北川先生。さすが、子ども料理教室でたくさんの子どもたちに慕われる人だ。流行の塩糀や甘酒を使いながら、「命にかけるお金を惜しんではいけない」と料理における調味料の重要性を強調する橋本先生。さすが、アメリカで経営学を学んだ人だ。そして、食材を五感で感じさせるところから入る、幾田先生のお馴染みの実習風景。あっという間にその場を明るい雰囲気で包み込むオーラは天性としか言いようがない。このように、各講師の伝え方を拝見させて頂くだけでも、私にとってもたいへん学び多き時間だった。


受講生も、講師も、互いに学び、成長する場。「自炊塾」では授業本来のあるべき姿を具現化できる。


先月、幾田先生には最愛のお母さまとの哀しい別れがあった。別れに際して何度も行き来した実家で、先生は、普段は当たり前に感じ、ほとんど気に留めなかった、台所や冷蔵庫の品々を改めてひとつひとつ確認した。味噌、梅干し、漬物、かき餅・・・。お母さまの命の証を眺めながら、改めて母の愛の大きさを知り、母の偉大さを感じた。


「手づくりに勝るものはなし。泣いたらいかん。これからも幸せに生きなさい」。最期の会話でお母さまは幾田先生にそう言い残されて他界された。「母から伝えてもらったことすべてを次世代へ伝えよう」と哀しみに暮れながら先生は心を新たにされた。


そんな背景も重なって企画されたセミナーだったから、食事後の森千鶴子さん(フリーライター)の農村の伝統料理のお話は、なおさら心に沁みた。どんなに大変な状況でも、子どものために手料理を作り続けた大人がいること。その心を受け取り、受け継ごうとする大人たちがいること。それが、何万回も繰り返されるているということ。でも、それを失うのはあっという間だということ。私も講師も受講生も涙を流さずにはいられなかった。涙で受講する調理実習なんて聞いたことがない。


セミナー終了後のふりかえりの会は、涙ながらに来期への誓いを共有する大人たちの忘年会となった。


九大「自炊塾」は、料理を伝えたいと望む、素敵な大人たちが、こうして協力し合うことで実現するのだと思う。料理を伝えることができる、かっこいい若者の育成を目指し、九大伊都キャンパスにおいて来年4月から必ずや開講に漕ぎ着けたい。